第三章其の弐
訪れた最後について。

最後の最後まで僕は見苦しい男でした。

その日は元彼女と大きなけんかをしました。
原因はもう思い出せないような事だったのですが、
僕の頭の中を壊すには十分でした。

死にたくない想いと、治せるのは彼女しかいないという思い込み。
それらが絡み合って、僕は軽くパニックに陥っていました。

元彼女には辛い事を強いたと思います。
それはもうみっともないとか、情けないとかって言葉を超越した状態でした。
そんな状況にしてしまった事自体、本当に申し訳ないと思います。

結局、元彼女は逃げるように帰っていきました。
僕はもう何も考えられなくなって、ふらふらと自転車で家路に着きました。

でも、視界はほぼ真っ暗、耐えられないような頭痛、
手足もうまく動かないような状態で、自転車の運転は無理でした。

その時、美恵子が
「私が自転車こいであげるよ」
と言ってくれました。僕の体がボロボロなのに、
美恵子は影響ないのか?と今なら思うのですが、
その時は限界で何も考えず、体を美恵子に明け渡しました。


その次の瞬間でした。


いつも美恵子と体を変わるときに感じる感覚とは違いました。
言い知れぬ不快感と孤独感。
まるで、世界中の全てから疎外されていくような、奇妙に冷たい感覚でした。

そして、だんだんと自分が自分でなくなっていきました。
これはもう駄目だ。死ぬんだ。と理解しました。
そう思った時、もう僕は僕ではありませんでした。

すると、声を感じました。
美恵子の声でした。
「駄目だよお兄ちゃん!」
「お兄ちゃんは死んじゃあ駄目だよ!」
必死な声でした。僕は返事ができました。
「ごめんな、お兄ちゃんもうだめだ。美恵子はどうなっちゃうんだ?
もし平気なんだったら俺の体使ってていいから、生きろ。
駄目なんだったら…まぁ…俺と一緒に来るか?」
声を出してみると僕は異常なほど冷静でした。
自分の死は避けられないのだと、この時にしっかり受け止めていました。
美恵子は泣いていました。それでも笑って言いました。
「美恵子は一回死んだんだよ。お兄ちゃんに生かしてもらったんだよ。
お兄ちゃんが生きなきゃ駄目だよ!」
美恵子はなぜか必死でした。
当時の僕は、なぜこんなに必死に僕を生かそうとするのかわかりませんでした。
「そりゃ生きたいけど…無理だろ?俺はもう死んだんだろ?」
美恵子はまた、無理やりに笑って言いました。
この一言は、今でも思い出すと涙が溢れ出します。
「美恵子はお兄ちゃんに命をもらったよ。
だから今度は私の命をお兄ちゃんにあげるの。
だって私が生きてるより、お兄ちゃんが生きてるほうが絶対にいいもん。」
僕は少し呆然として、答えそびれました。そして
「バイバイ」
美恵子の最後の言葉でした。
気がつくと僕は、自室のベッドの上に横たわっていました。

小学校以来でしょうか、声を上げて泣きました。
心の中にも、頭の中にも、部屋のどこにも、美恵子は居ませんでした。
本当に、喉が裂けるくらい泣きました。堪えられませんでした。

短い間だったけど、毎日を一緒に過ごし、一緒に泣き笑い、
生の素晴らしさを語り合い、教え教えられ、
文字通り二人で生きた数ヶ月間でした。

正直な所、これほどまでの喪失感を味わうとは思ってもみませんでした。
自分が死に追いやってしまったと言う罪悪感もあいまって、
精神状態は最悪でした。

友人に来てもらい、話を聞いてもらい、少し落ち着きましたが
それでも一晩中泣き明かしました。

それからしばらくは何事もなく時が過ぎ、
悲しみを拭う事が出来ないまま、日々が過ぎていきました。

でも、まだ奇跡は続くのでした。

続きはまた次回。
目次
第一章其の壱

第一章其の弐

第一章其の参

第一章其の四

第二章其の壱

第二章其の弐

第三章其の壱

第三章其の弐

第四章其の壱

最終章